また何かそして別の聴くもの

だらだら坂から - 日々のヴァラエティ・ブック

原平合戦

今日も晴れ。夏本番。しかし相も変わらずの自宅と仕事場の往復に、心躍る機会は少ない。そしてさすがに、メダルの獲得数と新規感染者数のフリップを交互に眺める日々はとても辛い。みんな街角のペシミスト。故郷の冬を歩きたくなる。
西宮北口駅で下車し、ショッピングモールACTA西宮の無印良品で文庫本カバーを購入する。帆布とデニム生地のとがあるが、じぶんが買うのはいつもデニム。ごわっと全体が分厚くなる感触が好きだ。413円也。いつかポスタルコの文庫本カバーが欲しいと思いつつも、結局この商品のヘヴィー・ユーザーである。
同じくACTA西宮東館の1階にある『古本2階洞』という古書店へ。スーパーとか、食料品店の並びの片隅にある不思議なお店。いつも御年配の女性が店番をしている。この方がオーナーなのだろうか。
この店で、尾辻克彦「父が消えた」 (河出文庫)を購入。400円也。たしか文春文庫版を持ってたはずがーと逡巡の末の出費。「尾辻克彦」とは、ご存知「赤瀬川原平」の純文学作家としてのペンネーム。表題作の前半、付き人との応酬合戦が最高なのだ。軽快に溢れくる示唆に富んだフレーズ群には唸るしかない。赤瀬川ワールドの魅力とは、その軽快感、存在の耐えられる軽さ、なのだ。まだまだ他のも読んでみたい。
「いや、旅行というのはただ動けばいいんだなと思って」
「動く」
「動くといってもね、いつもと反対に動く。いつもと反対に動けば旅行ができる」
「うわ、それ、教訓みたいですね」
「うーん教訓というか、でもこれ、やっぱり意外と教訓だよ」
「反対運動ですね」
「そうだ。反対運動だねこれは。反対運動は旅行だね。たとえばね、えーと、たとえばね、自分の家の便所に行くのにね、廊下を行かずに天井裏をはって行く」
それにしても旅行すら憚られる今日このごろ。ちょっとそこまで、なら許されるのか。まずは今日あたり、帰路と逆のホームに立ってみようか。
妄想はつづく。
かくして西へ西へと列車は走り続け、たどり着いたのは壇之浦古戦場跡。夏草や兵どもが夢の跡。「父が消えた」と家族が騒ぐのは翌朝頃だろう。