Close Your Eyes
結局今年もお盆帰省の自粛が呼びかけられている。でもどうなんだろう、昨年よりきっと人は動くはず。じぶん一人だけでも父の墓参りに、と考えてはみたが、田舎は色々喧しいのだった。実家区域の情報をぎりぎりまで収集してから決めようと思う。
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先日購入した、村上龍編「魔法の水」というアンソロジーに、吉本ばなな「らせん」が収録されていた。オリジナルは『とかげ』という短編集に収録されている不思議な小品。懐かしい。確か文庫で所有していたはず、と頁を開くと殆ど記憶に残っていなかった。
ありきたりの男女が過ごす、夕刻から夜までの短い物語。男女でもそうでなくても、ひと同士の距離というのは目の前のテーブル一卓分では決して無い。ばななさんにしか書けぬ、その距離感の抽象化が圧巻なのである。
たとえば君が目を閉じたとき、まさにその瞬間に宇宙の中心が君に集中する。
すると君の姿は無限に小さくなり、後ろに無限の風景が見えはじめる。君を中心にして、それはものすごい加速でどんどん広がる。私の過去のすべて、私の生まれる前のこと、書いたことのすべて、今まで私が見てきたすべての眺め、星座、遠くに青い地球の見える暗黒の宇宙空間まで。
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叔父と母と弟と娘、そして私の五人が実家のテーブルを囲んでいる。
「さあ目ぇつむって、イチゴ、ブルーハワイ、メロン。これは?」
順番に目を閉じ、かき氷のシロップの味を当てるゲームが始まる。そして誰も正解に至らずひたすら笑い転げている。これは2017年に帰省したときのお盆の記憶。
それにしても誰がこんなことをやろうと言い出したのだろう。それをどうしても思い出せない。誰かよくあるTVの科学番組でも観たのか。かき氷のシロップの味は実は全て同じで、色で味を錯覚するってやつ。
やがて娘が、私の母が目を瞑っていることをいいことに、鼻にシロップをくっつける悪戯を始める。孫が何をしようと決して怒らないお婆ちゃん、けけらけけらと笑う。
この瞬間が永遠に続けばいいと願ったひと夏だった。薄ら寒い表現だが、ひとりこっそりそう願った。
すごいすごいと私は内心狂喜し、
そして君が目をあけたとたんにそれはすべて消えてしまう。 (吉本ばなな / らせん)