また何かそして別の聴くもの

だらだら坂から - 日々のヴァラエティ・ブック

Close Your Eyes

結局今年もお盆帰省の自粛が呼びかけられている。でもどうなんだろう、昨年よりきっと人は動くはず。じぶん一人だけでも父の墓参りに、と考えてはみたが、田舎は色々喧しいのだった。実家区域の情報をぎりぎりまで収集してから決めようと思う。

先日購入した、村上龍編「魔法の水」というアンソロジーに、吉本ばなな「らせん」が収録されていた。オリジナルは『とかげ』という短編集に収録されている不思議な小品。懐かしい。確か文庫で所有していたはず、と頁を開くと殆ど記憶に残っていなかった。

ありきたりの男女が過ごす、夕刻から夜までの短い物語。男女でもそうでなくても、ひと同士の距離というのは目の前のテーブル一卓分では決して無い。ばななさんにしか書けぬ、その距離感の抽象化が圧巻なのである。

 たとえば君が目を閉じたとき、まさにその瞬間に宇宙の中心が君に集中する。

 すると君の姿は無限に小さくなり、後ろに無限の風景が見えはじめる。君を中心にして、それはものすごい加速でどんどん広がる。私の過去のすべて、私の生まれる前のこと、書いたことのすべて、今まで私が見てきたすべての眺め、星座、遠くに青い地球の見える暗黒の宇宙空間まで。

● 

叔父と母と弟と娘、そして私の五人が実家のテーブルを囲んでいる。

「さあ目ぇつむって、イチゴ、ブルーハワイ、メロン。これは?」

順番に目を閉じ、かき氷のシロップの味を当てるゲームが始まる。そして誰も正解に至らずひたすら笑い転げている。これは2017年に帰省したときのお盆の記憶。

それにしても誰がこんなことをやろうと言い出したのだろう。それをどうしても思い出せない。誰かよくあるTVの科学番組でも観たのか。かき氷のシロップの味は実は全て同じで、色で味を錯覚するってやつ。

やがて娘が、私の母が目を瞑っていることをいいことに、鼻にシロップをくっつける悪戯を始める。孫が何をしようと決して怒らないお婆ちゃん、けけらけけらと笑う。

この瞬間が永遠に続けばいいと願ったひと夏だった。薄ら寒い表現だが、ひとりこっそりそう願った。

すごいすごいと私は内心狂喜し、
そして君が目をあけたとたんにそれはすべて消えてしまう。 (吉本ばなな / らせん)

詰まる所、瞬間が永遠になどなり得ない。熱はすぐに冷まされる。なにより、じぶんの故郷への答えはもっと複雑に捻れている。愛おしい記憶と忘れたい記憶の交錯。このアンビバレントな感情は死ぬまで続くのだろう。
今日のおやつは、セブンイレブン「もちっとわらび餅とろーり黒蜜入り」。結構なリピーター。とろーりというほどとろーりしていないがウマウマウー。