また何かそして別の聴くもの

だらだら坂から - 日々のヴァラエティ・ブック

短編の断片 #4

今日も晴れ。昨夜洗った車に乗ると気持ちがよくなり、そのままドライヴに出た。フロントガラスには悲しくなるほど「郊外」な景色が流れ続ける。
ファストフード店、ドライヴ・スルー、回転寿司チェーン店、ホーム・センター、ファミレス、中古車センター、コストコ、そして、イオンモール
今日は日曜日。次々とファミリーカーが目当ての店舗めがけ、ウインカー・ランプを左向きに点滅させてゆく。運転席から見える景色は平和そのものであり、疫病に悩み続けている街には全くもって見えない。
立ち寄ったブックオフで文庫本棚を眺めていると、後方で電話越しに謝罪している男性の声が耳につく。申し訳ございません、を何度も繰り返しているので、店舗スタッフも大変だなーと振り返るとお客さんだった。電話を切った後、舌打ちをして何やらぶつぶつ悪態をつきながら本棚を見つめていた。こちらもまた、ご苦労さまです。
ブックオフでは、文庫5冊。仁木悦子「夏の終る日」、仁木悦子「黒いリボン」、「謎のギャラリー―謎の部屋」、皆川博子「虹の悲劇」、戸板康二「あの人この人―昭和人物誌」すべて110円。
昔、誰かのツイートで「コレは名作」と感じた内容のひとつに、
車の免許を取得してさぁ世界が広がるぞと思っても結局イオンにしか行くところがない
というのがあった。(うろ覚えですが) 
地元で事足りる、は魔法の合言葉、とりあえず出かけよう。広々としたフード・コート、出張販売のベビーカステラの匂いが俺たちを待っている。おい、今日はABC-MARTのナイキが安いぞ!
かくして今日もまた、イオンモールへとミニバンが一台吸い込まれていった。それは「郊外」という地域がしかけた妖術なのである。

山内マリコ「私たちがすごかった栄光の話」(ここは退屈迎えに来て 収録)

郊外の物語。サバービア・ノベルズ、という言葉があるかないかわからないが、東京から再び地元に戻った『私』の生活の今と、あの頃の煌めきを綴る連作短編集。初読の際、女子向けかな、と敬遠していたじぶんを罵りたくなった。

 平屋の小さな建物は、ローソンだったのかファミマだったのか、看板がはずされすべての窓にロールカーテンが下ろされて、テナント募集のプレートが貼られている。
「なにができるんでしょうね、次」
「次なんてねーよ。なんもできねーよ」

 舞台装置の一部にやはり「ヤンキーとファンシー」が。世の中の9割はヤンキーとファンシーでできてる、と豪語したナンシー関を思い出す。

ヤンキー、ファンシー、ナンシー。

『私』の仕事仲間、須賀さんの心のベストテン第一位はウータン・クランの1stだし。90’sカルチャー拗らせ描写も上手い。

 「俺がこの数年でどんだけEXILEのバラードをカラオケで聴かされたか、お前わかるか?」

 Jポップのブレイク羅針盤として、マイルドヤンキーに届いていた度合いがあることを、私は今も信じている。郊外イオンまでの道すがら、軽自動車のカーステで馴染んでいたか否かが。

ここは退屈迎えに来て』というタイトルはジャームッシュストレンジャー・ザン・パラダイス」の台詞にインスパイアされたはずが、観直してみるとそのような台詞はなかったとのこと。全体の着想はアリス・ホフマン「ローカル・ガールズ」から得ているそうだ。

郊外が舞台の物語、まだまだ読みたくなった。