僕だけの天使でいてと囁いた夏の日は
今日も晴れ。日曜日。八月のはじまり。オリンピックもあと一週間で終わりなのか。ゆうべは家族全員で女子バレーを応援した。気がつけばすぐに夏は終わる。
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近所のショッピング・モールのKALDIへ、ライム胡椒塩を買いにいく。どなたかのツイート、目玉焼きにかけていた画像が強烈に美味しそうだったので。
梅田の阪神百貨店は大変な事態となっているが、尼の阪神は今日も生きていてくれた。毎度のお楽しみ、出張パン屋さんは大阪堺の泉北堂。ココは自慢の一品「極食パン」が有名なのだが、またもシナモン・ロールやきなこパン、カレーパンを買って満足してしまう。
UNIQLOでエアリズムフルオープンポロシャツ二着。一昨年ぐらいから、真夏の通勤着の必須アイテムになっている。良くも悪くも、近ごろは本当にワイシャツを着なくなった。偉そうに言う話ではないが、じぶんはビズカジ大肯定派なのです。
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遅ればせながら、映画「イン・ザ・ハイツ」を観ようとMOVIXをチェックするも、時間が合わず断念する。コレは別日に絶対に観たい。
3歳のときにキューバから渡米した歌手のカミラ・カベロは、全米No.1ヒット「Havana」を疎外された移民の若者たちに捧げている。「音楽を通じて彼らを光で照らしたい」ーー映画『イン・ザ・ハイツ』に漲っているのは、カミラと同じ志だ。私たち、市井の人々を鼓舞するミュージカル。 高橋芳朗(音楽ジャーナリスト)
「Havana」をヘヴィロテしていた頃を反芻してしまう。嗚呼ヤング・サグ。
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閑古鳥鳴く近隣のブックオフへ。文庫本棚の通りは、老年女性とわたし、ふたりだけ。サザン・オールスターズ「涙の海で抱かれたい ~SEA OF LOVE~」が店内に響いていた。
そういえば桑田さん、『ひとり紅白歌合戦』でカミラ・カベロ「Havana」をカヴァー、Havana Havana〜♪のサビを「駄目なバナナ〜♪」とやらかしている。
ドライブ・マイ・カー
途中、何気にバックミラーを見ると、後続車に乗っている3人が全員、激しく団扇を振っていた。クーラーが故障?だとしたら本日の気温は酷。冷え冷えの車に乗っているじぶんが申し訳なくなった。
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点検は30分ほどと聞いていたが、待つ時間のために、北村薫編『謎のギャラリー―謎の部屋』 (新潮文庫)を持参。その中の一編、都井邦彦『遊びの時間は終らない』を読み始める。面白すぎて、点検の予定時間が過ぎても全く気にならなかった。
銀行で防犯訓練を始めた警察。リアリティーを追求するため、あえて筋書きのないシナリオで企画したのはよいが、その計画に忠実すぎる犯人役の警官が思わぬ行動を取り始める、というストーリー。少々サイコパスなその警官、平田の先の読めぬ行動に幹部たちは震撼する。
コレ『相棒』っぽいなー、と思って調べると、1991年に本木雅弘主演ですでに映画化、テレビドラマ化もされていた。全く知らなかった。
アンソロジーならではの出会い。これだから短編好きはやめられない。しかもこの作家の作品、アマゾンとかでも本作品しかヒットしないのだった。
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帰り道、例によってカーステレオに合わせ、一人カラオケ大会。普通に帰ると3曲ぐらいで家に着いてしまうので遠回りする。歌うのはいつも楽しい。ドラレコカメラには今日も気付かないふりをしよう。
遠くで誰かのクラクション。
村上春樹『ドライブ・マイ・カー』を読んだのは、2017年の3月。ご存知『女のいない男たち』収録。当時ダンスをやっていた娘のステージを観に行った待ち時間に、近くの本屋で買ったのだった。すごい雨の夜だった。
このたびの映画化では、ツイートで見かけたフランス版のポスターがとてもカッコいい。
西島秀俊と三浦透子の横顔を縦に並べたデザイン。車の中ではいつも横顔が物言うのだ。
Summer Into Winter
まるで小さな子が窓に立って雨ふりをじっと見つめているような声
今日はこちら関西でも台風の影響か、日差しが少しマシ。ニュースはオリンピック大感動と、過去最多の感染者数を交互にやるのでついていけない。どっちやねんネタ「フリースの半ズボン」を思い出す。暑いんか寒いんかってやつ。
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通勤電車内で、先日小西康陽日記にも出てきた、辻原登『遊動亭円木』を読む。キーワードの金魚(文庫の表紙も)で連想するのは、やはり室生犀星『蜜のあわれ』だったりして。とにもかくにもこの作家さんはもっと読みたい。
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神戸界隈ではお馴染み、三宮さんちかホールでのさんちか古書大即売会は明日から。次いで、ブックオフも29日はオトクDAYってわけで、明日は古本DAYになりそう。わくわく。阪神古書ノ市行けなかったもんな。
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そういえばそのブコフで先日流れていた、リル・ナズ・X「SUN GOES DOWN」がアタマから離れなくなっている。歌い出しの少しざらついたアノ声が。Autotuneがかかっていてもいい声だなと思う。
そしてリリック。
You need an instant ease / From the life where you got plenty Of every hurt and heartbreak / You just take it all to the face / I know that you want to cry / But it’s much more to life than dyin’/ Over your past mistakes / And people who threw dirt on your name
まるでいま世間に叩かれているあの人に向けられているような。なんとなく。
なんだかとっても眠いんだ
今日も晴れ。いよいよオリンピック1色のメディア。勇気と元気をもらいました、悩みも吹き飛びました、と新人アナウンサー。
今日は火曜日。ほんのちょっと前までは、『大豆田とわ子と三人の元夫』が楽しみで仕方がなかった火曜日。最終話からもう一ヶ月以上経っていることに驚く。ロスを拗らせた挙げ句、ちゃんと観ていなかった坂元裕二脚本の『Mother』を全話一挙観したりした。
個人的な好みでいうと、同じスタッフで制作された『Mother』『Woman』『anone』に通底するノワール色濃い作風のほうが断然好きだ。
再びこのスタッフで次作、なんてことになると有料でも飛びつきます。もちろん『まめ夫』も大好きですが。
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午前中、とある企業と約一時間のWeb会議。お相手は先方企業の男性2名と、今回は立ち会いの役回りだという子会社の女性1名。3対1。
四分割画面で始まったその会議だが、まもなくしてその「立ち会い」女性がうつらうつらしているのに気付く。「立ち会い」なので、発言の必要性も乏しく、そりゃ眠いかとも思うが、なんだかなーと思い始める。
やがて、こくりこくりと首が上下し、目が完全に閉じてしまったので、男性2名のどちらかが注意するのではと、ちょっとどきどきしたが会議はそのまま進行する。
まじか。ならば言うか。おれが言ってやるか。右下のあなた、寝てますよね。まあ、立ち会いだからええのんか。いやあかんやろ。
気になりすぎて、こちらまで内容の理解に靄がかかり始める。ようやく終盤になり、なにか補足ありますか、と自分の名前を振られ、びくんと首を上げひと言。
「と、特にありません。」
でしょうね。
ふたりともほんとに気付いてなかったのかな。それとも実は社長の親戚筋で何も言えない、とか。
自宅から仕事のWeb会議に参加したことはないのだけれど、ここまでリラックスしてしまうものなのだろうか。
ジャルジャルの秀逸なコント「リモート面接でたぶん寝転んでる奴」を思い出した。
そして。
あたしにはルールがわからないの。みんなが当たり前にできてることができない
こんな台詞が通用するのは、そう、とわ子の親友のかごめだけ。
短編の断片 #4
車の免許を取得してさぁ世界が広がるぞと思っても結局イオンにしか行くところがない
山内マリコ「私たちがすごかった栄光の話」(ここは退屈迎えに来て 収録)
郊外の物語。サバービア・ノベルズ、という言葉があるかないかわからないが、東京から再び地元に戻った『私』の生活の今と、あの頃の煌めきを綴る連作短編集。初読の際、女子向けかな、と敬遠していたじぶんを罵りたくなった。
平屋の小さな建物は、ローソンだったのかファミマだったのか、看板がはずされすべての窓にロールカーテンが下ろされて、テナント募集のプレートが貼られている。
「なにができるんでしょうね、次」
「次なんてねーよ。なんもできねーよ」
舞台装置の一部にやはり「ヤンキーとファンシー」が。世の中の9割はヤンキーとファンシーでできてる、と豪語したナンシー関を思い出す。
ヤンキー、ファンシー、ナンシー。
『私』の仕事仲間、須賀さんの心のベストテン第一位はウータン・クランの1stだし。90’sカルチャー拗らせ描写も上手い。
「俺がこの数年でどんだけEXILEのバラードをカラオケで聴かされたか、お前わかるか?」
Jポップのブレイク羅針盤として、マイルドヤンキーに届いていた度合いがあることを、私は今も信じている。郊外イオンまでの道すがら、軽自動車のカーステで馴染んでいたか否かが。
『ここは退屈迎えに来て』というタイトルはジャームッシュ「ストレンジャー・ザン・パラダイス」の台詞にインスパイアされたはずが、観直してみるとそのような台詞はなかったとのこと。全体の着想はアリス・ホフマン「ローカル・ガールズ」から得ているそうだ。
郊外が舞台の物語、まだまだ読みたくなった。
短編の断片 #3
愛人関係にある長尾が、会社の倒産を期に、郷里で漁師への転身を決意した。流されるように一緒に移り住むことになった紗江だが、地元の女たちから放たれる侮蔑をひとり背中で受け止めるしかなかった。
「まさか、こんなことになるとは思わんかったけぇ」
「嘘。ここで生まれ育ったんなら、こうなるのは見えてたはずじゃない」
一見すると救いのない舞台設定ではあるが、主人公の仕事「譜面起こし」の特異性と、妙に明るい「本妻」が語る都市部の暮らしが、物語の土着化にブレーキをかけている。
とはいえ、漁師町で生まれ育ったじぶんには、ひりひりするようなワードが襲いかかるのだった。
時化、底引き漁、サワラとハマチとウシノシタ、合羽、師匠、鬱病と更年期障害、競り場、漁業組合、波止場、発泡スチロール、喜寿祝い、お勝手、紫の座布団を敷いた水晶玉。
森絵都さんは、3.11がきっかけで、漁師という職業に惹かれていったのだという。
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我が故郷に話を変えると、じぶんが小さい頃は漁業が町の経済を支え、同級生の父親の六割は漁師だったのではないか。それ故、町の文化や風習もワイルドだった。
泳げるようになれ。
小学校に上がる頃になると、海沿いに住む男の子たちは磯だまりに放り投げられた。そんな父親や近所の大人たちが怖くて堪らなかった。学校のクラスに泳げない者はひとりもいなかった。
放り投げられる瞬間の恐怖、父親の上腕、なによりその表情を、今もはっきりと記憶している。いや、経年により書き換えられた記憶なのかもしれない。